金融商品取引法およびその関連法令における「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」と、会社法およびその関連法令における「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」について、その歴史的背景が調査された。
本ページでは、その一般に公正妥当と認められる企業会計の「基準」と「慣行」の観点から、日本における財務諸表の作成ルールにおける日本基準位置づけを説明する。
第二次世界大戦後の日本は経済的に混乱しており、政府は1946年に、経済復興のための施策として経済安定本部を発足させた。
経済安定本部は内閣の直属機関であり、その総裁には内閣総理大臣が就いた。
初代総裁は、吉田茂である。
当時の日本には、証券取引法(金融商品取引法の前身)が存在せず、商法(会社法の前身)に会計の規定が無かった。
そのような背景の下、学者らの会計基準法構想を受けて、この経済安定本部に企業会計制度対策調査会が設立された。
会計基準法構想とは、「一般に公正妥当と認められる会計諸基準」の法制化を目指す構想のことである。
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1949年に、この企業会計制度対策調査会が中間報告として企業会計原則と財務諸表準則を公表した。 企業会計原則と財務諸表準則は、それぞれ財務諸表を作成する際の原則と形式を示したものであった。
この出来事は、現在の日本の会計制度を形作る契機となった。
企業会計原則は、数回の修正を経ながら、商法の「公正ナル会計慣行」として認知されるに至った。
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結果として、企業会計原則と企業会計準則は、現在の会社法や金融商品取引法における会計ルールの礎となった。
そして、この企業会計制度対策調査会はその後、企業会計審議会となり、現在では財団法人財務会計基準機構(FASF)の企業会計基準委員会(ASBJ)が会計基準を作成する役割を担っている。
日本では、国内の上場企業は日本基準、IFRS、米国会計基準、JMISの4種類の会計基準を選択することができる。
その中でも、2022年時点の日本で最も多く採用されている会計基準は日本基準(Japanese GAAP)である。
ASBJは、Japanese GAAPについて、以下のように説明している。
"Japanese generally accepted accounting principles (GAAP) are one of the four sets of accounting standards listed companies in Japan can currently choose to use to file their consolidated financial statements."
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短い文章だが、この文章はJapanese GAAPのことを正確に表している。
日本の上場企業は金融商品取引法により、一部の例外を除いて、事業年度ごとに、あるいは四半期ごとに、それぞれ有価証券報告書あるいは四半期報告書(以降、どちらも有価証券報告書と表記する)を内閣総理大臣に提出しなければならない。(金融商品取引法第二十四条、第二十四条の四の七)
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また、貸借対照表、損益計算書その他の財務計算に関する書類は、内閣総理大臣が一般に公正妥当であると認められるところに従つて内閣府令で定める用語、様式及び作成方法により、作成しなければならない。(金融商品取引法第百九十三条)。
そして、連結財務諸表等規則において、これらの財務書類における「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法」は、この規則の定めに従い、規則に定めのない事項については「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に従うこととされている。(連結財務諸表等規則第一条)
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つまり、連結財務諸表を提出する上場企業は、連結財務諸表等規則に定めがある場合はそれに従い、規則に定めがない場合は「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に従わなければならない。
ところで、この連結財務諸表等規則第一条によれば、上場企業が連結財務諸表を作成する際の拠り所は、規則の定めとそれ以外に分かれている。
日本基準は日本の上場企業が連結財務諸表の提出に用いることができる会計基準なのであるから、日本基準は規則の定めあるいは「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に含まれると考えられる。
一方で、同条文からは、この「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」が連結財務諸表等規則の定めを含むかどうかは定かでない。
この点については、法と会計の関係を理解する必要がある。
冒頭で記載した企業会計原則と財務諸表準則は、証券取引法(金融商品取引法の前身)が存在せず、商法(会社法の前身)に会計の規定がない、1949年に公表されたものである。
そして、これらは元々、「一般に公正妥当と認められる会計諸基準」の法制化を企図して発案されたものである。
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その後、財務諸表準則は証券取引法に取り入れられ、修正された企業会計原則は商法の「公正ナル会計慣行」として認知されるに至った。 そのため、企業会計原則と財務諸表準則は、それぞれその一部が、現在の会社法と金融商品取引法の内部に組み込まれている。
同じようなことは、令和期においても起きている。
例えば、「財務諸表等規則等の一部を改正する内閣府令」で、ASBJが公表した改正企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針」(令和3年6月17日公表)を踏まえた財務諸表等規則等の改正が行われている。
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同時に、連結財務諸表等規則における「一般に公正妥当と認められる会計諸基準」に、企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」が追加されている。
実態はさておき、日本は資本主義と民主主義を標榜する国家である。
一般に公正妥当と認められない会計基準が公然と法制化されるとは考えにくい。
これらは、「一般に公正妥当と認められた会計基準」のうち、その一部が法制化された出来事であると考える方が自然である。
つまり、連結財務諸表等規則の定めは、「一般に公正妥当と認められる会計基準」に含まれている。
そして、金融商品取引法において「貸借対照表、損益計算書その他の財務計算に関する書類は、内閣総理大臣が一般に公正妥当であると認められるところに従つて内閣府令で定める用語、様式及び作成方法により、作成しなければならない」とされているのであるから、 連結財務諸表等規則において「一般に公正妥当と認められる会計基準」の内容を示す明文規定が無いとしても、金融商品取引法の法体系には組み込まれている。
よって、日本基準とは、連結財務諸表等規則の定めを含む「一般に公正妥当と認められる会計基準」の一部であると解釈される。
日本では、企業会計に関連する法律として、会社法、金融商品取引法と、法人税法等の税法がある。
中でも、会社法と金融商品取引法は、日本における会計を理解する上で重要な法律である。
金融商品取引法は、投資者の保護に資することを目的の1つとする、金融庁が所管する法律である。
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金融商品取引法は、会社の中でも、上場企業のような大企業を規制しており、これらの企業の財務計算に関する書類は、内閣府令で定める用語、様式及び作成方法により、これを作成しなければならないとされている(金融商品取引法第193条)。
そして、その用語、様式及び作成方法を示した規則には、先述の連結財務諸表以外にも、財務諸表等規則、四半期連結財務諸表等規則、四半期財務諸表規則のような様々な規則がある。
これらの規則では、財務諸表の用語、様式及び作成方法は、いずれも規則の定めに従い、規則において定めのない事項については、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従うものとされている。
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つまり、上場企業の有価証券報告書に記載される連結あるいは個別財務諸表は、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に基づいて作成されている。
一方で、会社法は法務省が管轄する、会社の設立、組織、運営及び管理について定めた法律である。
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会社法は、日本の全ての会社(株式会社、合名会社、合資会社、合同会社)に課せられたルールである。
株式会社は、上場、未上場を問わず、そのルールを守る必要がある。
会社法では、「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」とされている(会社法第431条)。
そして、その法務省令において、「この省令の用語の解釈及び規定の適用に関しては、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準その他の企業会計の慣行をしん酌しなければならない。」とされている(会社計算規則第3条)。
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これらの文章は、「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」は、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」よりも広い概念であることを示している。
それでは「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」とは何だろうか?
この慣行に関しては、金融商品取引法関連法令における「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に含まれないが、一般に公正妥当と認められている指針が存在する。
中小企業は、金融商品取引法の対象ではないが、会社法の規制を受ける。
そのような中小企業に推奨される会計処理を示したガイドラインとして、中小企業の会計に関する指針がある。
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そして、本指針は、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」には該当しないが、「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に該当するものと解釈できる。
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言い換えると、この指針で明示されている内容は「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準その他の企業会計の慣行」の中の「その他の企業会計の慣行」に含まれると考えられる。
しかし、「その他の企業会計の慣行」とは、このように明文化された慣行だけなのだろうか? 本指針においても、会計処理を網羅的に示すことは難しい旨が記載されている。
会社計算規則における「しん酌」の文言も、その慣行の境界線を曖昧にしている。
会社法においては、「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする。」とされる。
一方で、その法務省令である会社計算規則においては、企業会計について次のように規定されている。
「この省令の用語の解釈及び規定の適用に関しては、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準その他の企業会計の慣行をしん酌しなければならない。」
つまり、会社法の規定は、その法務省令である会社計算規則を内包するものであるから、 中小企業が従うべき「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」は、この「しん酌」の部分を含んでいる。
この文言は、会社法制定前の昭和49年に、商法において 「公正ナル会計慣行ヲ斟酌スベシ」という文章の中に導入されたものである。
この「公正ナル会計慣行」とは、修正された企業会計原則のことであり、企業会計の規範と理解されていた。
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一方で、企業がその公正な会計慣行に準拠しなければならないとすると、合理的な会計理論であっても、それが公正な会計慣行となるまで商法上適用できない可能性が残る。
「しん酌」という文言は、そのような事態を避けるために選ばれた経緯がある。
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そのため、「その他の企業会計の慣行」は、まだ公正な会計慣行として一般に認められておらず、明文化されていない会計処理を含む可能性がある。
とはいえ、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準その他の企業会計の慣行」があるのであれば、それに準拠するのが当然と考えられている。
一般に公正妥当と認められない会計処理が「その他の企業会計の慣行」に含まれる可能性はほとんどない。
これらのことから勘案すると、「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」とは、概ね、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」と明文化された「一般に公正妥当と認められるその他の企業会計の慣行」のことだと考えられる。
そして、この「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」は、企業会計の規範であると認識されている。
まとめると、金融商品取引法と会社法における財務諸表の作成ルールは、以下のような関係にある。
会社法における「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」は、どの企業も従うべき企業会計の規範とされる会計処理のルールである。
そして、その中でも金融商品取引法に基づき、「内閣総理大臣が一般に公正妥当であると認められるところに従つて内閣府令で定める用語、様式及び作成方法」が「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」である。
「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」は、規範である「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」のもとに作り上げられた、より洗練された会計処理のルールである。
日本の上場企業が有価証券報告書を作成するとき、この「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に従い、連結財務諸表を作成する必要がある。 日本基準は、その連結財務諸表の作成に用いることができる「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」の1つである。