株式投資における安全性に関する指標

本ページの目的は、企業や株式の分析に用いられる指標のうち、安全性に関する指標について解説することである。
ここでいう安全性の指標とは、価格変動リスクの中でも、株式が無価値になるようなリスクを避けるための指標を意味する。
企業にとっては財務健全性と言い換えられる。


流動比率

流動比率とは、流動資産と流動負債の比率である。
流動資産の合計と流動負債の合計は、いずれも貸借対照表で見ることができる。
流動資産と流動負債の大きさを比較しているだけであり、貸借対照表でそれらの差を見るだけでもよい。

流動比率 = 流動資産 流動負債

流動資産は短期的に現金化が可能な資産であり、流動負債は短期的に支払が必要な負債である。
そのため、流動比率は、高い方が資金繰りに余裕があることを示唆している。

一方で、流動比率が1を割るということは、流動資産が流動負債よりも少ないということである。 1より小さい流動比率は、近々支払わなければならない債務に対する支払い能力の欠如を表しており、その企業の資金繰りの難航を示している可能性がある。

この観点からは、1を超える流動比率は、長期的に投資をする上での最低の条件となり得るものである。

ただし、流動比率は、高いほど企業が良いことを示す指標ではないことには注意が必要である。
例えば、会社が流動資産として不良在庫を抱えていた場合、実際には経営不振ということもあり得る。

そのため、より安全に投資するためには、流動比率だけでなく、流動資産・流動負債の勘定や、営業キャッシュフローを確認した方が良い。

流動比率の計算例

流動資産と流動負債は、それぞれ貸借対照表の資産の部と負債の部に記載されている。
ここでは、以下の貸借対照表を用いて、流動比率の計算の例を示す。

貸借対照表
資産の部
   流動資産
      ・・・
      流動資産合計 1,300
      ・・・
負債の部
   流動負債
      ・・・
      流動負債合計 1,000
      ・・・
   負債合計
純資産の部
      ・・・
   純資産合計
資産合計 負債純資産合計

計算に用いる金額は、流動資産と流動負債の合計の金額である。
貸借対照表に記載される金額には単位があるが、比率なので気にする必要はない。

\[ \textsf{流動比率}\ =\ \frac{1,300}{1,000}\ =\ 1.3 \quad \]

よって、上の貸借対照表の例では、流動比率は1.3、百分率では130%となる。

自己資本比率

自己資本比率とは、下の式に示すように、総資本に対する自己資本の比率である。

自己資本比率 = 自己資本 総資本

総資本とは、貸借対照表の右側全体、すなわち他人資本の金額であり、自己資本とはそのうち株主に帰属する部分である。
そのため、自己資本比率の最も単純な解釈は、企業を清算した際の、資産全体に占める株主の持ち分といえる。

しかし、自己資本比率は、企業の財務健全性を表す指標として用いられることの方が多い。
その理由は、以下のようなものである。

自己資本には返済義務が無いが、負債には返済義務が有る。
自己資本比率が高いと、企業が自己資本を取り崩して負債を返済する余裕が生まれる。
そのため、自己資本比率は主に銀行などの負債の貸し手にとっての安全率を表している。
一方で、自己資本比率が高ければ、融資を受けやすく倒産の可能性が小さくなるため、株主に対しても安全面のメリットをもたらす。

この観点からは、自己資本比率は企業の財務健全性を表しており、投資家にとっても投資の際の安全性の指標といえる。

ただし、高い自己資本比率は、株主資本コストを高めている可能性があり、株主にとって良い経営評価に繋がるとは限らない。
ROEのような資本効率の指標と合わせて、投資判断に用いるのが良い。

自己資本比率の計算例

ここでは、以下の貸借対照表を用いて、自己資本比率の計算の例を示す。

貸借対照表
資産の部
      ・・・
負債の部
      ・・・
純資産の部
   株主資本
      ・・・
      株主資本合計 25,000
   その他の包括利益累計額
      ・・・
      その他の包括利益累計額合計 2,000
     
      ・・・
   純資産合計
資産合計 45,000 負債純資産合計 45,000

自己資本の金額は、株主資本とその他の包括利益累計額の合計である。
総資本の金額は、負債純資産合計に記載されている。
貸借対照表に記載される金額には単位があるが、比率なので気にする必要はない。

\[ \textsf{自己資本比率}\ =\ \frac{25,000 + 2,000}{45,000}\ =\ 0.6 \quad \]

よって、上の貸借対照表の例では、自己資本比率は0.6、百分率では60%となる。

営業キャッシュフロー

営業キャッシュフローは、CF計算書に記載されている本業から得られるCFである。

売上や利益が伸びている場合、上述の流動比率や自己資本比率は高くなるが、そのような企業でも倒産することが偶にある。
例えば、売上のための資金を負債で補い続けた場合、売掛金の回収ができず資金難に陥ることがある。
利益が毎年伸びているにも関わらず、継続して営業CFがマイナスの企業は、破産することがしばしばある。
このパターンは、仕入から物権の販売および資金の回収までのサイクルが長い、不動産業のような業種に比較的多く見られる。

そのため、営業CFが毎年プラスである必要はないが、継続してマイナスであれば要注意である。
営業CFを一目チェックするだけで、株式の価値が0円になる事態を避けることができる。

営業CFはプラスであることが望ましいが、キャッシュを溜め込むだけの経営は、株主へのリターンを低下させていると見ることもできる。
営業CFがプラスであることに加え、そのCFが成長への投資や増配に繋がっているかを確認するのが良い。

正味運転資本(NWC)および運転資本増加額(ΔWC)

正味運転資本(NWC:Net Working Capital)とは、継続的に事業を運営するために短期的に必要な資金のことである。

企業は仕入から販売に至るプロセス、すなわち正規営業循環を繰り返している。
このことを示したのが図2-2-1(a)である。

図2-2-1 (a) 正常営業循環基準の概要

この過程は仕入が先であり、販売が後になる。
そのため、普通は仕入債務に対する支払いが先であり、売上債権の回収が後になる。

このサイクルを繰り返すと、貸借対照表上の売上債権、棚卸資産、仕入債務は図2-5-1 (a)のようになる。
ビジネスが安定している企業を想定すると、その企業は仕入債務を売上債権の回収代金から支払うとしても、新たに販売するためには再び仕入が必要である。
だから仕入債務は支払っても減ることがない。
そして、売上債権と棚卸資産も安定している。

図2-5-1 (a) 運転資本の説明のための図

売上原価の説明で記載した通り、棚卸資産はコストの金額を表している。
また、売上債権は未回収の売上金額であり、その売上金額はコストと利益に分けられる。
よって、粗利益率にもよるが、売上債権と棚卸資産は、その大半がコストで構成されている。

この主にコストで構成された資産を、企業はキャッシュを支払うことで築いたはずである。
キャッシュの出元は自前でも借入でもよいが、通常、このような短期的な資金不足は借入によって補われる。
そして、利益は投資か分配に用いられる。

企業は、継続的に事業を運営するために、短期的に資金を必要とする。
ここまでの説明では、その金額は売上債権と棚卸資産の合計に相当する。
正味運転資本とは、その必要な金額に対する不足分、すなわちこれらの流動資産と流動負債の差額のことである。

正味運転資本は、しばしば単に運転資本と呼ばれる。
利益は通常コストよりも小さく、利益率も企業によっても異なるため、正味運転資本は利益を無視すると以下の式で表される。

売上債権とは、売上代金のうち未回収のキャッシュのことであり、典型的には受取手形及び売掛金のことである。
仕入債務とは、仕入代金のうち未払いのキャッシュのことであり、典型的には支払手形及び買掛金のことである。
棚卸資産とは、企業が販売する目的で所持している商品及び製品仕掛品および原材料のことである。

NWC = 売上債権 + 棚卸資産 − 仕入債務

続いて、この式の各項が変化した場合について考える。

売上債権は、売上のうち、企業がキャッシュとして回収できていない部分である。
そして、売上債権の多くはコストが占めている。
そのため、棚卸資産と仕入債務が一定の条件で売上債権が増加した場合、それだけ必要とされる資金が増加することになる。
よりシンプルに、売上からのキャッシュの回収率が低下したと考えることもできる。

棚卸資産の金額は、まだ売上されていない在庫の費用である。
棚卸資産は、追加される、あるいは売り上げられないことにより増加する。
そのため、売上債権と仕入債務が一定の条件で棚卸資産が増加した場合、必要とされる資金の増加、あるいは支払いに必要なキャッシュの減少をもたらす。

仕入債務は、仕入のうち、企業がキャッシュを支払っていない部分である。
仕入債務は棚卸資産に、棚卸資産は売上に変化する。
そのため、売上債権と棚卸資産が一定の条件で、仕入債務が増加した場合、売上から回収されるキャッシュの増加をもたらす。
よりシンプルに、債務に対する支払いが減少したと考えることもできる。

この必要な資金を借入ではなく自己資金で補った場合について考えると、運転資本について、キャッシュ・フローの観点からより簡潔に理解することができる。

売上債権と棚卸資産の増加は、キャッシュ・アウトフローの増加、あるいはキャッシュ・インフローの減少をもたらす。
売上債権の増加は、売上の観点からは喜ばしいことだが、キャッシュ・フローの観点からはキャッシュの減少を意味している。

仕入債務の増加は、キャッシュ・インフローの増加、あるいはキャッシュ・アウトフローの減少をもたらす。
仕入債務の減少は、債務の減少という観点からは喜ばしいことだが、キャッシュ・フローの観点からは、キャッシュの観点からはキャッシュの減少を意味している。

ところで、正味運転資本を求めるにあたり、未収入金、前払費用、未払金、未払費用のような勘定を含めた方が良いケースがある。
これらの勘定は、近々キャッシュ・フローが発生する資産あるいは負債である点で、売上債権や仕入債務と同じである。
そのため、金額が大きい場合には、これらについても勘案する必要がある。
しかし、これらの勘定は通常売上債権や仕入債務と比較して規模が小さいため、当ウェブサイトでは扱わない。

また、正味運転資本の計算には、以下の式が用いられる場合もある。
これは、上の式で用いた売上債権、棚卸資産、仕入債務よりも多くの勘定を含む、より一般的な式である。

NWC = (現金および預金を除く)流動資産 − (有利子負債を除く)流動負債

しかし、本ウェブサイトでは本業によるキャッシュの増加と減少に重きを置いて、冒頭で記載した式を正味運転資本の計算に利用する。

これまで説明した通り、売上債権の増加あるいは仕入債務の減少は、運転資本を増加させ、キャッシュの減少要因となる。
この増加額のことを、運転資本増加額(ΔWC)という。

ΔWC = 当期運転資本 − 前期運転資本

ΔWCがプラスということは、その事業運営に必要な資金が増加したことを意味している。
プラスの運転資本増加額は、企業のフリーキャッシュフローの減少をもたらす。
棚卸資産が積みあがった場合や、仕入債務の支払に対して売上債権の回収が遅い場合、運転資本増加額はプラスとなり、フリーキャッシュフローは減少する。

逆に、ΔWCがマイナスということは、資金繰りに余裕ができたことを示している。

運転資本の増加は、キャッシュ・インフローの伴わない事業の急拡大は、企業が事業を継続する上で危険でもあることを示唆している。

運転資本増加額(ΔWC)の計算例

当期の運転資本と、前期の運転資本が求まれば、その差から運転資本増加額が求まる。

本ウェブサイトでは、運転資本を以下の式で計算する。

WC = 売上債権 + 棚卸資産 − 仕入債務

売上債権とは、典型的には受取手形及び売掛金のことである。
仕入債務とは、典型的には支払手形及び買掛金のことである。
棚卸資産とは、商品及び製品、仕掛品および原材料のことである。

ここでは、以下の貸借対照表を用いて、ΔWCの計算の例を示す。
当期と前期の差を分かりやすくするため、各会計年度の資産、負債、純資産を縦1列に並べてある。
なお、貸借対照表の単位は10億円とする。

貸借対照表
前会計年度 当会計年度
資産の部
   流動資産
      ・・・
      受取手形及び売掛金 350
      ・・・
      商品及び製品 200
      仕掛品 150
      原材料及び貯蔵品 100
      ・・・
      流動資産合計
      ・・・
資産の部
   流動資産
      ・・・
      受取手形及び売掛金 450
      ・・・
      商品及び製品 250
      仕掛品 150
      原材料及び貯蔵品 150
      ・・・
      流動資産合計
      ・・・
資産合計 資産合計
負債の部
   流動負債
      支払手形及び買掛金 140
      ・・・
      流動負債合計
      ・・・
負債合計
純資産の部
      ・・・
   純資産合計
負債の部
   流動負債
      支払手形及び買掛金 180
      ・・・
      流動負債合計
      ・・・
負債合計
純資産の部
      ・・・
   純資産合計
負債純資産合計 負債純資産合計

運転資本の式において、売上債権として受取手形及び売掛金を、棚卸資産として商品や製品、仕掛品および原材料を、仕入債務として支払手形及び買掛金を当てはめる。
貯蔵品は棚卸資産とは性質が異なるが、貯蔵品は棚卸資産と比較して金額が小さいため、ここでは無視してカウントしている。

\[ \textsf{当期のWC}\ =\ 450 + (250 + 150 + 150) - 180\ =\ 820 \quad \] \[ \textsf{前期のWC}\ =\ 350 + (200 + 150 + 100) - 140\ =\ 660 \quad \]

よって、

\[ \textsf{ΔWC}\ =\ 820 - 660 = 160 \]

単位をつけ、上の貸借対照表の例におけるΔWCは1600億円となる。

ちなみに、ここでは日本基準での勘定からΔWCを求めた。
しかし、IFRSの貸借対照表では売上債権、棚卸資産、仕入債務を表す勘定が記載されており、より計算は簡単である。

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