本ページの目的は、企業や株式の分析に用いられる指標のうち、資本の有効利用に関する指標について解説することである。
自己資本利益率(ROE:Return on Equity)とは、当期純利益を自己資本で割った値である。
ROE = 当期純利益 自己資本
企業によってROEの数値が公開される場合、分母の自己資本には、期首と期末の自己資本の平均値が用いられる。
その理由は、純利益が期間の利益であるのに対し、自己資本はある時点での金額であり、期間の平均の方が分母として相応しいと考えられているためである。
また、親会社のROEの計算では、純利益として親会社株主に帰属する当期純利益が用いられる。
ROEは各年の純利益によって大きく変化するため、単年度のROEだけで企業の資本効率を判断することは難しい。
そのため、複数年の平均を企業の資本効率の目安とするのが良い。
ROEは有価証券報告書に記載されており、"自己資本利益率"あるいは"親会社所有者帰属持分当期利益率"と記載されている。
企業によっては決算短信にも記載されており、その場合、ROEは"自己資本当期純利益率"と記載される。
日本語での名称は様々だが、いずれもROEのことであり、英語の財務報告書を公表している場合、ROEは大抵の場合、"Return on equity"と書かれている。
ROEは、企業の資本効率を測るための指標であり、株主に帰属する自己資本に対して企業が当期に生み出した利益率を示している。
平均的に高いROEを示す企業は、自己資本の増加が更なる純利益の増加をもたらす好循環が期待される。
そのため、ROEは株式投資においても重要な指標と見なされている。
ROEが株主資本コスト(約8%)を上回る企業は企業価値を創造しており、下回る企業は企業価値を損なっていると、判断されることが多い。
ROEは、純利益と自己資本から計算される。
そのため、純利益の増加だけでなく、自己資本の減少によってもROEは向上する。
例えば、企業の自社株買いによって自己資本が減少した場合である。
利益の処分として企業が自社株を買い戻した場合、ROEの向上は市場で好感されることが多い。
それは、企業が使用予定のないキャッシュを株主に還元したと見なされるからである。
一方で、企業が借入金によって自社株を買い戻した場合でもROEは向上する。
しかし、借入金による自社株買いは永続的に持続可能ではないため、このケースではROEが向上したとしても経営上の合理的な判断とはみなされないことがある。
ROEは、ビジネスの結果としての純利益だけでなく、意図的な操作が可能な自己資本にも依存する。
そのため、資本効率を測る指標として、ROEの代わりにROICが使われるケースがが増えてきた(後述)。
しかし、問題点を理解して注意を払っていれば、ROEは投資家にとって資本効率を測る簡便な指標となる。
ここでは以下の貸借対照表と損益計算書を用いて、ROEの計算例を示す。
貸借対照表は、前期末と今期末の結果である。
損益計算書は今期末の計算書である。
金額の単位は、貸借対照表も損益計算書も10億円とする。
前会計年度 | 当会計年度 |
資産の部 ・・・ |
資産の部 ・・・ |
資産合計 | 資産合計 |
負債の部 ・・・ 負債合計 純資産の部 株主資本 1,350 その他の包括利益累計額 150 新株予約権 5 非支配株主持分 35 純資産合計 1,540 |
負債の部 ・・・ 負債合計 純資産の部 株主資本 1,450 その他の包括利益累計額 250 新株予約権 5 非支配株主持分 40 純資産合計 1,745 |
負債純資産合計 | 負債純資産合計 |
売上高 ・・・ 純利益 165 非支配株主に帰属する純利益 5 親会社株主に帰属する当期純利益 160 |
ROEの式において、分子に親会社株主に帰属する当期純利益を、分母に期首と期末の自己資本の平均を用いる。
まず、株主資本とその他の包括利益累計額を合計し、期首と期末の自己資本をそれぞれ求める。
自己資本は、純資産合計から新株予約権と非支配株主持分を除くことによっても計算することができる。
よって、以下の式から期首と期末の自己資本の平均は1.6兆円となる。
ROEは、親会社株主に帰属する当期純利益を、期首と期末の自己資本の平均で割ることによって求まる。
よって、この例では、ROEは0.1、百分率では10%となる。
総資産利益率(ROA:Return on Asset)とは、当期純利益を総資産で割った値である。
ROA = 当期純利益 総資産
企業によってROAが公開される場合、分母の総資産には、期首と期末の総資産の平均値が用いられる。
また、親会社のROAの計算では、純利益として親会社株主に帰属する当期純利益が用いられる。
理由は、ROEの場合と同じである。
総資産と総資本の金額は同じであるため、総資産利益率は総資本利益率とも言い換えることができる。
ROA = 当期純利益 総資本
ROAは、企業が利益を上げるために、資産をどれだけ有効活用したかを判断するための指標である。
ROAを総資本利益率とみなすと、ROAは総資本をどれだけ企業が有効利用したかを判断するための指標ともいえる。
資産には、性質の異なる勘定が様々に含まれる。
そのため、ROAは総資産利益率の略であるが、ROEとの対比からは、ROAを総資本利益率と見なした方が分かりやすい。
ROEが総資本のうち自己資本の効率を表すのに対し、ROAは総資本全体の効率を表している。
そして、高いROAを示す企業は、少ない資本で高い利益を生み出している、あるいは少ない資産で高い利益を生み出していると見なすことができる。
ROAの水準は業界によって様々である。
総資産の観点からは、それは、巨額の設備の必要性、販売するアイテムの性質などによって、業種ごとに資産の構成が異なり、競争環境によって業種ごとの平均の利益率も変化するからである。
総資本の観点からは、業界によって平均的な負債と自己資本の比率にも違いがある。
そのため、ROAは同業の比較に用いるのが良い。
ここでは以下の貸借対照表と損益計算書を用いて、ROAの計算例を示す。
貸借対照表は、前期末と今期末の結果である。
損益計算書は今期末の計算書である。
金額の単位は、貸借対照表も損益計算書も10億円とする。
前会計年度 | 当会計年度 |
資産の部 ・・・ |
資産の部 ・・・ |
資産合計 1,960 | 資産合計 2,040 |
負債の部 ・・・ 純資産の部 ・・・ |
負債の部 ・・・ 純資産の部 ・・・ |
負債純資産合計 1,960 | 負債純資産合計 2,040 |
売上高 ・・・ 純利益 102 非支配株主に帰属する純利益 2 親会社株主に帰属する当期純利益 100 |
ROAの式において、分子に親会社株主に帰属する当期純利益を、分母に期首と期末の資産合計の平均を用いる。
まず、期首と期末の資産合計の平均を求める。
そして、以下の計算によりROAが求まる。
よって、この例では、ROAは0.05、百分率では5%となる。
貸借対照表の右側は、大きく分けて無利子負債、有利子負債、純資産に分けられる。
無利子負債は支払手形及び買掛金や未払金などであり、有利子負債は短期借入金や長期借入金などである。
負債の貸し手は債権者であり、純資産に含まれる株主資本の資金提供者は株主である。
そして、企業へのキャッシュの出し手はいずれも、何がしかのリターンを要求している。
買掛金等の無利子負債の貸し手は既に利益を上乗せして販売しているため、企業は貸し手に対して初めから要求リターンを支払っている。
そのため、今後要求リターンを支払う必要があるのは、株主資本と有利子負債の貸し手ということになる。
資本コストとは、企業の資金調達に伴う貸し手に対するコストのことであり、株主資本と有利子負債の貸し手の要求リターンに相当するものである。
これらの資本コストは、それぞれ株主資本コスト、負債コストと呼ばれる。
資本コスト = 株主資本コスト + 負債コスト
株主資本コストは株主の要求リターンであり、期待収益率に相当する。
負債コストは債権者の要求リターンであり、有利子負債の金利に相当する。
本題の加重平均資本コスト(WACC:Weighted Average Cost of Capital)は、株主資本コストと負債コストを加重平均した資本コストであり、以下の式で定義される。
利息は税務上の損金と認められ、節税効果があるため、負債コストの項は実効税率の分だけ割り引かれた式となっている。
なお、投資家は、時価に対してリターンを求めているため、下式のEは時価でカウントする必要がある。
WACC = Re × E E + D + Rd × D E + D × (1 − T)
Re : 株主資本コスト Rd : 負債コスト
E : 株式の時価総額 D : 有利子負債
T : 実効税率
正確には、有利子負債の金額も時価でカウントする必要があるが、本ウェブサイトでは簿価で代用する。
日本基準の有価証券報告書であれば、有利子負債に関連する勘定の時価は"金融商品の時価等に関する事項"に記載されている。
しかし、通常、有利子負債の時価は簿価と大差ない。
企業の立場から考えると、WACCは企業が資金を調達するのに必要なコストであり、事業からWACCを超えるリターンを得る必要がある。
一方で、株主の立場からは、企業は資本コストに対してWACCを超える収益率を上げなければ、株式の価値を毀損している。
これらのことから、WACCはハードルレートとも呼ばれている。
WACCの算出には、通常、株主資本コストとしてCAPM (Capital Asset Pricing Model)と呼ばれるモデルを用いて求められた値が、負債コストとして10年国債利回りが用いられる。
しかし、CAPMの計算式を用いて、個人投資家が個々の企業に対して株主資本コストを求めるのは容易ではない。
現実的には、株主価値の創造と毀損の判断基準に用いられる、ROE8%を株主資本コストとして用いるのが良いと思われる。
概算ではあるが、CAPMの式で、リスクフリー・レート、マーケット・リスクプレミアム、βにそれぞれ10年国債利回りの0%、日本株式の平均リターンの6%、βに1.3を用いると、期待収益率は大体8%になる。
この期待収益率が、株主資本コストに相当する。
CAPM formula :
個別株式の期待収益率 = リスクフリー・レート + β × マーケット・リスクプレミアム
そして、株主資本コストに8%、負債コストに0%を用いた場合、無借金企業ではWACC=8.0%、株式時価総額と有利子負債が8:2の企業ではWACC=6.4%となる。
実際には、株主資本コストは、CAPMの式におけるβに表されるように、株価の変動が大きい業種ほど高い。
株価の変動の大きさは、事業の不安定さを反映しているため、株主資本コストは不安定な事業を営む企業ほど高い傾向にある。
WACCは、後述するROICと合わせて用いることで、経営の評価に用いることができる。
また、WACCはDCF法における割引率としても利用される。
ここでは、日本基準に基づく以下の貸借対照表と損益計算書を用いて、WACCの計算例を示す。
金額の単位は、貸借対照表も損益計算書も10億円とする。
また、この企業の株式時価総額は1兆円、実効税率は30%と想定する。
資産の部 ・・・ |
負債の部 流動負債 ・・・ 短期借入金 100 1年以内返済予定の長期借入金 50 リース債務 5 固定負債 社債 35 長期借入金 300 リース債務 10 ・・・ |
純資産の部 ・・・ |
|
資産合計 | 負債純資産合計 |
売上高 ・・・ 営業外費用 支払利息 5 ・・・ |
まず、貸借対照表から、有利子負債を計算する。
日本基準を採用している企業の有価証券報告書であれば、【社債明細表】および【借入金等明細表】にも有利子負債に含まれる債務が記載されている。
別のページで説明したように、本ウェブサイトでは、有利子負債の計算に以下の式を用いている。
有利子負債 ≈ 借入金 + コマーシャルペーパー + 社債 + リース債務(日本基準)
この式に貸借対照表上の有利子負債に含まれる勘定を当てはめると、以下のようになる。
よって、有利子負債は5,000億円である。
次に、有利子負債に対する金利を概算する。
損益計算書の支払利息が有利子負債による利息の支払金額を表している。
この例では支払利息は50億円なので、有利子負債に対する金利は以下の式で概算できる。
よって、この例での有利子負債に対する金利は1.0%である。
細かくは、支払利息は期間に発生した費用であり、有利子負債は期末時点での金額である。
そのため、より正確には分母には有利子負債は期首と期末の平均を用いた方が良い。
最後に、WACCの式に必要な数字を当てはめる。
ここでは、株主資本コストとして8%を用いる。
よって、この例でのWACCは5.8%である。
投下資本利益率(ROIC:Return on Invested Capital)は、NOPATを投下資本で割った値であり、以下の式で定義される。
ROIC = NOPAT 投下資本
ここではまず、投下資本について説明する。
投下資本には2つの見方がある。
調達面から見た投下資本とは、簿価の株主資本と有利子負債のことである。
運用面から見た投下資本とは、固定資産と運転資本のことである。
投下資本およびROICの概要を図2-5-1 (g)に示した。
調達面から見た投下資本は、図2-5-1 (g)における貸借対照表の右側の株主資本と有利子負債で構成されている。
一方、運用面から見た投下資本は、左側の固定資産と運転資本で構成されている。
企業は調達した資本を利用して、固定資産を購入し、運転資本を賄う。
そして、事業の結果、様々な製品や債権などの資産、あるいは買掛金などの負債が発生する。
つまり、調達面、運用面のどちらの見方であっても、投下資本とは事業を行うために最初に必要なものであり、何かを生み出すものである。
一方で、投下資本以外の部分は、事業の過程で生み出されるものである。
以下、調達面から見た投下資本でROICを説明する。
先に記載したように、調達面から見た投下資本とは、簿価の株主資本と有利子負債のことである。
そして、図2-5-1 (g)に示したように、企業はこれら2つの調達した元手を用いて事業を行い、利益としてNOPATが生み出される。
そこで、上のROICの式を調達面から見た投下資本を用いて書き直すと、下の式になる。
ROIC = NOPAT 株主資本 + 有利子負債
つまり、ROICは、株主および債権者の投下資本に対する、金利収支以外の税引後の利益率である。
簡潔には、ROICとは、調達した資金に対して、企業がどれだけの利益を生み出したかを表す指標である。
多くの資本が投じられれば、NOPATは増加するのが自然である。
しかし、投下資本を有効活用しなければ、NOPATは増加してもROICは上昇しない。
そのため、ROICは企業が資本をどれだけ有効利用しているかを示す指標といえる。
それでは、どの程度のROICであれば、企業は投下資本を有効利用できたと考えられるだろうか?
ROICの式の分母は最低限のリターンとしてWACCを求めている貸し手の資金である。
しかし、資金の貸し手が時価に対してリターンを求めているのに対して、ROICの式の分母は簿価で表されている。
そこで、株式時価総額と簿価での株主資本との差をαで表すと、株式時価総額は、株主資本を用いて以下の式で表すことができる。
α = 0 であれば、株式時価総額は株主資本と同じ額である。
そして、株式時価総額は 、0 < α であれば株主資本よりも大きく、α < 0 であれば株主資本よりも小さい。
株式時価総額 = 株主資本 + α
すると、WACCとROICの式は以下のように表すことができる。
なお、有利子負債については、簿価と時価の差額は通常小さいため、簿価として扱う。
WACC = Re × 株式時価総額 + Rd × 有利子負債 × (1 − T) 株主資本 + 有利子負債 + α
ROIC = NOPAT 株主資本 + 有利子負債
また、WACCの式の分子は株主と債権者による期待リターン額として、ROICの式の分子は企業がアウトプットすべきハードルリターン額として、それぞれ表すことができる。
ここでいう期待リターン額とは、株式時価総額と有利子負債の総額に対して、株主と債権者が企業に要求するリターンの金額を言い換えたものである。
WACC = 期待リターン額 株主資本 + 有利子負債 + α
ROIC = ハードルリターン額 株主資本 + 有利子負債
そして、ROICの式のハードルリターン額がWACCの式の期待リターン額を超えれば、企業は資本を有効利用していると言えそうである。
そこで、それぞれのリターンを比較するため、これらの式を以下の形に変形する。
期待リターン額 = WACC × (株主資本 + 有利子負債 + α)
ハードルリターン額 = ROIC × (株主資本 + 有利子負債)
そして、ハードルリターン額が期待リターン額よりも大きいとき、すなわち以下の式を満たすとき、企業は資本を有効利用していると考えられる。
ハードルリターン 額 − 期待リターン額 =
(ROIC − WACC) × (株主資本 + 有利子負債) − α × WACC
>
0
すなわち
(ROIC − WACC) × (株主資本 + 有利子負債)
>
α × WACC
・・・ (1)
α = 0 のとき、すなわち株主資本と株式時価総額が同じとき、不等式の右辺は0になる。
そのため、ROIC > WACCであれば、その企業は資本を有効利用していると考えられる。
一方で、0 < α のとき、すなわち株式時価総額が株主資本よりも大きいとき、不等式の右辺は正の値をとる。
そのため、0 < α のとき、不等式を満たすためには、ROICがWACCに対してある程度大きくなければならない。
そのことは、期待リターン額が株式時価総額の影響を受けることからも分かる。
0 < α であれば、期待リターン額が増えるのである。
期待リターン額 = WACC × (株主資本 + 有利子負債 + α)
下に示したWACCの式に立ち戻って考えると、0 < α で あることは、債権者の期待リターン額 \(RdD(1−T)\) に対して株主の期待リターン額 ReE の比率が大きくなることを意味している。
そして、リスクマネーの貸し手である株主の期待収益率 Re は、通常、有利子負債の金利 Rd よりも大きい。
そのため、正の α はWACCの増加をもたらす。
WACC = Re × E E + D + Rd × D E + D × (1 − T)
つまり、以下の不等式 (1) において、正の α は WACCを増加させることにより、左辺を小さく、右辺を大きくする。
加えて、α が大きいほど、不等式 (1) の右辺は大きくなる。
これらのことは、株式時価総額が大きいほど、不等式を満たすROICのハードルは高くなることを示している。
言い換えると、時価総額が大きい場合、株主や債権者の求める期待リターン額に対して、より高いリターン額、すなわちNOPATが必要となる。
(ROIC − WACC) × (株主資本 + 有利子負債) > α × WACC ・・・ (1)
ところで、WACCは株主と債権者の要求リターンであり、ROICは企業のビジネスの結果である。
そして、結果であるROICは事実として変えることはできない。
そのため、仮にROICがこの不等式を満たせない場合、市場の価格調整メカニズムによって株価がその調整の役割を果たすのが理に適っている。
すなわち、株価が下落することによって、不等式を満たすための調整がなされるのが自然である。
この不等式は、株式時価総額が株主資本よりも小さいとき、α < 0により右辺が負になるため、WACCよりも低いROICを許容しているようにも見える。
しかし、上述の通り、市場では価格調整メカニズムが働いている。
低いROICが株主資本よりも小さな時価総額をもたらしているのであり、時価総額が小さいことが低いROICを許容している訳ではないことには注意が必要である。
上の不等式を α についてまとめると、以下のように書き直すことができる。
α < (ROIC − WACC)×(株主資本 + 有利子負債) WACC
この不等式は、高いROICは高い株価を正当化し得るが、低いROICは高い株価を正当化し得ないことを示している。
そして、ROICがWACCを超えることが、株式時価総額が株主資本よりも大きくなるための、すなわち 0 < α のための条件の1つであることを示している。
ROICはROEと似た概念ではあるが、分母が有利子負債を含んでいる点が、ROICの特徴である。
有利子負債比率が増えることは、株主にとって必ずしも良いことではない。
しかし、企業は借入金による自社株買いでROEを高めることができる。
式から明らかなように、借入により負債が増加し、利益が変わらなかったとしても、自社株買いにより株主資本が減少することでROEは増加する。
このことは、ROEには資本効率を表す指標として欠陥があることを示している。
ROE = 当期純利益 自己資本
一方で、ROICの分母は株主資本と有利子負債である。
借入により自己株式を取得・消却しても、分母の総額が変わらないため、ROICは変化しない。
また、借入の資本コストへの影響はWACCに現れる。
そして、ROICにはWACCと比較できるメリットもある。
そのため、投下資本に対する利益率を表すROICは、自己資本に対する利益率を表すROEよりも、資本効率を表す指標として利用しやすいと考えられている。
ここでは、以下の日本基準の損益計算書と貸借対照表を用いて、ROICの計算の例を示す。
金額の単位は、どちらの財務諸表も10億円とする。
なお、実効税率は30%と想定する。
売上高 ・・・ 営業利益 営業外収益 受取利息 2 ・・・ 営業外費用 支払利息 18 ・・・ 税金等調整前純利益 164 ・・・ 純利益 ・・・ |
資産の部 ・・・ |
負債の部 流動負債 短期借入金 470 ・・・ 固定負債 社債 540 長期借入金 200 ・・・ 負債合計 |
純資産の部 株主資本 ・・・ 株主資本合計 834 ・・・ 純資産合計 |
|
資産合計 | 負債純資産合計 |
ROICの計算式において、以下の通り、分子はNOPAT、分母は株主資本と有利子負債の和である。
ROIC = NOPAT 株主資本 + 有利子負債
ROICを求めるにあたり、ここでは分子のNOPATから計算する。
NOPATは、税引後のEBITであるので、はじめにEBITを計算する。
EBITは、受取利息と支払利息だけを無視した、税引前純利益を求める過程で用いられた勘定の合計金額である。
よって、税引前純利益に対して、支払利息を加え、受取利息を引けば、EBITが求まる。
よって、実効税率に30%を用いると、NOPATは以下のように計算できる。
単位をつけ、この企業のNOPATは1,260億円となる。
続いて、ROICの式の分母を求める。
この例では、有利子負債は、短期借入金、長期借入金、社債である。
以上の解を用いて、ROICは以下のように計算できる。
よって、この例のROICは約6.2%である。